2012年3月24日土曜日

スティーブ・ジョブズが教えてくれる、行動経済学の重要ポイント2点。


 スティーブ・ジョブズの名言で、最も有名なものはコレだろう。「ハングリーであれ、愚かであれ」。これは、「貪欲になれ、利口ぶるな」という意味ではない。「“現状維持バイアス”に捕らわれるな、“同調バイアス”に捕らわれるな」という意味だろう、と 私は個人的に解釈している。“現状維持バイアス”と“同調バイアス”とは、行動経済学や認知科学で使われる用語である。新iPad(第3世代)は、発売週末の売上台数が300万台。初代iPadが300万台売れるには、80日かかった。iPad2と比べて、3倍の勢いで 新iPadが売れている、とのニュースを読み、「ハングリーであれ、愚かであれ」というジョブズの言葉を、再び思い出した。



現状維持バイアスとは?

 
 強力な動機がないと、人間は現状を変えない。物事が巧く回っていると感じていたら、新しい方法を試そうとは思わないのだ。利益と損失が同額であれば、利益から得る快楽より損失による苦痛の方を大きく感じる。故に人間は、リスクを回避する事を優先しがちである。この人間心理を損失回避性という。損失回避性が働いて、人間は新しい事に挑戦しにくい状態となる。新しい考え方も、受け入れ難い。現状で甘んじる傾向が強くなる。この偏向を“現状維持バイアス”という。

 ジョブズのいう「ハングリーであれ」とは、貪欲に利益を追求しろ、コスト削減を徹底しろ、損失を最小限に食い止めろ、といった利益至上主義とは対極にある世界観であろう。「ハングリーであれ」という言葉には、現状に甘んじる事なく、損失のリスクを覚悟の上で、新しい事に挑戦するべきであるという、彼の哲学が感じられる。利益を出す事は、もちろん重要だが、それだけではダメ。少しでも問題があるなら、諦めずに 世界をより良い方向に変える。その対価として利益を得ることが、ジョブズにとっては重要だった。

 iPadが発売されるまで、タブレット端末の市場を確立した者は皆無だった。初代iPadが発売される時。「こんな物は売れない」と、iPadを揶揄した者は、世界中にいたと思う。しかし、iPadは世界中で受け入れられ、世界を変え始めた。今ではアップル以外の、多数の企業がタブレット端末を発売している。

同調バイアスとは? 


 自分以外に、大勢の人間が周りにいたとする。 人間は、多数派の意見に、とりあえず合わせようとする傾向がある。物事の本質に興味を見出す訳でもなく、その場の「空気」に支配される。何となく多数派の意向に偏ってしまう。これを“集団同調性バイアス”という。協調性という人間の性向は、人間が社会という仕組みを維持する為に重要な役割を果たして来た。しかし、時として、多様性のある状況から、新しい物事が生み出される。周りと違う異端児は、世界をより良い方向に変える為に必要である。周りと違う意見・姿勢を貫く事は、非常に難しい。かなりの精神的エネルギーを必要とする。異端児は、批判に晒される事も多い。周りに理解されず、劣った人間であると決めつけられる事もある。

 ジョブズのいう「愚かであれ」とは、利口ぶらず、愚直に実直に、コツコツ自分の道を歩むという温もりのある視点とは対極にある世界観であろう。「愚かであれ」という言葉には、多数派の意見が間違っていたら、たとえ自分だけが とり残されても、周りの価値観と徹底的に戦い抜くという過激な姿勢が感じられる。自分の価値観を信じて、本気で世界を変える、という精神の戦闘モードが全開である。

 アップル以外の企業には、タブレット端末市場で戦う信念が感じられない。誠に残念だ。周りが発売するから、売れているみたいだから、何となく発売してみた…という惰性が感じられる。アップル以外の企業にも、独特のサービス、独特の端末を組み合わせた、世界を変える体験を味あわせて欲しい。多様性は世界にとって必要だ。多様な商品は、消費者の選択肢を増やし、新たな市場を生む。



 スティーブ・ジョブズは、言動が派手で、多くの批判にも晒されて来た。しかし、一貫して独特の世界観を魅せてくれた。大成功も大失敗も含めて、言葉と行動の整合性が保たれていたと思う。大失敗を踏まえた言葉は、説得力と強い信念を感じた。こんな人間的な魅力の溢れる経営者が、もう一度現れて欲しい。iPhone4Sでも、新iPadでも、ジョブズの人間的魅力を思い起こした。

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