2012年4月6日金曜日

Googleそしてアップルが挑む “写真の再定義” に望む事。

 かつて私は、『言葉にできない』という楽曲で知られる大ベテランの男性ミュージシャンのグラフィック・デザイン制作を、約13年ほど担当した。レコード会社に在籍していた17年という期間に、数えきれないほど多くの、優れたミュージシャンやカメラマン、デザイナーとの出会いがあった。しかし、この男性ミュージシャンほど、お世話になった方はいない。味わい深いハイトーンな歌声は、スタッフの私でも心に染みるように感じた。安易な妥協は絶対しない人で、本当に厳しい仕事であった。仕事を通じて、クリエイターとしての姿勢や哲学を発見し、学ばせていただいた。その時期の「写真」や「印刷」というものは、現在とは、だいぶ違うものであった。それを振り返っておく事は、これからの写真を考える上でも役に立つと思う。

 デジタルカメラやインターネットが無かった頃。写真と言えば、オリジナルのカラーポジやプリント。真のオリジナルは世界に1枚しか存在しない。紛失したら大問題で、責任の取りようもない。自ずと写真は、慎重に取り扱わざるを得ず、特別な財産であり資産であった。低コストで配布する手段は、専ら印刷である。その際、色調を変更したり合成するのは印刷会社のオペレーターである。印刷に関して、カメラマンやデザイナーが自分で直接加工する手段はなかった。時間も費用もかかる。カメラマンやデザイナー等のスタッフが、印刷会社の人間との“見解の相違”をなくす事、つまりクリエイティヴなイメージを共有する為に、徹底的に議論する事は本当に重要だった。グラフィック・デザインは今よりもずっと、共同作業の色合いが強かったからだ。私も 前述のミュージシャンと、デザイン上の様々な事柄について、連日連夜の徹底的なミーティングを重ねたものである。

 そこに、コンピュータのMacと、レタッチソフトのPhotoshopが現れた。私が最初期に使用していたPhotoshopには「レイヤー機能」というものが存在しなかった。写真をトリミングするだけで数分、場合によっては十数分以上も処理の終了を待たされた。日本語のフォントも少なく、豊かな表現技法を駆使する為には、Macは少し物足りない道具だった。メモリも高価な代物で、増設するのは簡単ではない。昔のMacは、ハードディスクが160MB(GBではない)、メモリが4MB(GBではない)のスペックで、価格が180万円くらいしたと思う。それから、ほんの20年くらいの期間。技術開発は圧倒的なスピードで進行した。今では、圧倒的な機能とメモリとハードディスク容量を備えたコンピュータを、昔と比べれば驚愕の低価格で入手出来る。かつて印刷会社が使用していた高価な画像処理専用のワークステーションより、今現在のPhotoshopの方が遥かに多くの機能を有し、ずっと手軽に画像処理出来る。このレベルに辿り着くまでに、多数の人間が困難に立ち向かったのだ。ハードウェア技術者、プログラマー、デザイナー、カメラマン、販売担当者、マーケティング担当者、全ての先人たちに、心からお礼を申し上げ、頭を下げたい。

 今ではデジタルカメラとインターネットが普及し、写真の在り方は大きく変貌した。 携帯端末でデジタル画像を撮影。タブレット端末で画像処理を施しWebアルバムを編集。インターネットとSNSで全世界の人々に自分の写真を公開出来る。高機能の一眼レフカメラとフォトレタッチソフトがあれば、とてつもなく美しい画像を、昔よりも遥かに効率よく生み出す事も可能だ。写真を全世界に向けて発信し共有する事によって、様々な地域・国家・民族の人々と意見交換し、新たなアイデアが醸成される事もあるだろう。写真が言葉の様に活発に発信され、コミュニケーションの重要な道具となっている。写真は一部の人の特別な道具ではなく、多くの人が手軽に使えるものとなった。写真は全世界で共有する財産となったのだ。この様な時代には、写真の権利にも大きな変化が起きる事になる。これまでの著作権の考え方を変えなければならないのかもしれない。

 Googleもアップルも、やり方は違うにせよ、携帯端末からタブレット端末、そしてWebアルバムまでトータルの流れをサービスとして提供出来る。両社それぞれで写真を再定義し再発明する事を完遂しようとしている。Googleとアップルの関係は対決を軸として語られる事が多い様に思う。しかし私は、アップルのiPhoneとiPadを使い、Googleで画像検索してGoogle+で写真を発信し、GoogleのPicasaでWebアルバムを共有している。Googleもアップルも、独自性を保ちながらも状況によって臨機応変に協働し、より優れたサービスを提供する事も可能なのではないか。対立するばかりではなく協働する部分を、もう一度見つめ直すべきではないか。

 「写真」や「印刷」「Web」は、僅か20年余りで、ここまで急速に進化した。それは高い理想と目標を掲げ、猛烈な情熱を絶やさなかった先人たちのおかげであろう。私は、自分自身で画像処理や色調補正を施したいと強く願っていた。コンピュータのスペックが上がり低価格となる事を強く願っていた。現在のような環境になり大変嬉しく思っている。 とにかく20年前は、全く別な世界であった。これからも進化を続けて行くには、先人たちがそうであったように、次の世代の人々も高い理想と目標を掲げる事が必要であろう。Googleやアップルも、目先の利益や対立に捕らわれる事なく、数十年先、百年先を見据えて、今現在のビジネスを展開して欲しい。

 次回は、アップルのアプリ「iPhoto」について考えてみたい。

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