2012年5月8日火曜日

“音楽業界の崩壊”から、他の業界が学ぶべき重要ポイント3点。

 音楽業界は崩壊寸前である…と、言われて久しいと思う。スティーブ・ジョブズが、iPodとiTunesによって音楽業界に一石を投じてから、世界の日本の音楽業界は激変した。音楽業界の崩壊を考える事は、他の業界の激変を考える事にも必ず役立つはずだ。現在、様々な業界が激変の時を迎えようとしているが、音楽業界ほど激変した業界も滅多にないだろう。私は、17年間、レコード会社内でデザインの仕事に携わっていた。その経験を基に、“音楽業界の崩壊”について考察してみたい。









1. 小さな変化の積み重ねが“激変”である。
    ある日、突然、大変化が訪れる訳ではない。

 日々の日常業務に追われ続けると、長期的視点で業界全体を見渡す余裕を失ってしまう。音楽業界の変化も、一日一日、瞬間瞬間だけを切り取れば小さな変化であった。それが、1年、5年、10年と積み重なった結果、気がついたら激変となっていた。「塵も積もれば山となる」である。短期的視点でしか物事を見れなくなると、瞬間瞬間の小さな変化しか目に入らなくなる。その瞬間だけを切り取って見つめれば、誰がどう見ても大きな変化が起きている様には見えない。小さな変化にしか見えない。当初、日本市場における音楽配信の売上は、本当に微々たるものだった。
 業界全体を揺るがす様な環境変化を、早い段階で認めるのは非常に難しい。環境の激変は、そこに身を置く人間にも大きな変化を要求する。人間は、余計な負担を引き受けたくないのが普通だ。しかし、変化を早く察知しなければならない。 組織が大きくなればなるほど、それは洋上の豪華客船と同じである。豪華客船は急旋回する事が出来ない。氷山を避けようと思えば、早目に舵を切るしかないのだ。
 日本の音楽業界の危機感は、明らかに足りなかった。少なくとも私の分かる範囲では、あまりにも、根本的な危機感を覚えない人が多かった。しかし、決して脳天気だった訳ではない。皆んな、日々の日常業務をこなす事で、精一杯だったのだ。全力を挙げて、すぐ目の前の課題、明日の利益を見つめていたのである。10年後の見通しを冷静に考える視点がなかったのだ。だが、既に、多くの人にも気がつく時がやって来たはずだ。「これは、とんでもない事になった」と認識している人は、今現在であれば、音楽業界に多数存在しているだろう。もっと早く気がつく事が重要だったのだ。もっと早い段階で、新しいビジネスモデルにシフトを始めるべきだった。

2. “大成功”が、必要な改革を妨げる。 
    大成功は、大危機の呼び水になる。

 レコード盤からCDにメディアが変わり、音楽業界は多いに潤った。既に持っていたコレクションを、CDで再購入するユーザーも多かった。レコード盤よりCDの方が扱いも簡単な為、新しいユーザーを取り込む事にも成功したと思う。 かつては、50万枚売れれば大いに騒いだのがレコード会社だった。しかし、CDに切り替わってから100万枚以上売れるアルバムが頻繁に現れるようになる。松任谷由実の「天国のドアは、日本で初めて200万枚売れたアルバムとなった。この時、世間は“200万枚”という数字に多いに驚いたと記憶している。そして、宇多田ヒカルのCDアルバム「First Love」の売上枚数は、800万枚を超えてしまった。
 CD(コンパクトディスク)というシステムは、驚異的な大成功を納めた。本来なら、この時点で次のビジネスモデルを構築し始めるべきだった。1998年をピークにして、CDの生産金額は下降の一途をたどる。CDの年間生産金額は、その後の10年で、ピーク時の約4割にまで落ちた。その後も、音楽市場全体の規模縮小は続いている。生産金額が6割も減ったのだから、業界再編や消滅する企業が出て来るのも当たり前だ。少子高齢化の影響、違法コピーの増加、音楽のデジタル化、メディアの多様化など、もちろん様々な原因もあろう。
 日本の音楽業界は、レコード盤からCDというシステムへの変換はキッパリと実行した。しかし、CDから音楽配信への切り替えは躊躇した。CDは“再販売価格維持制度”という法律で守られている。勝手に値下げ販売する事が出来ないのだ。価格競争が発生しないのである。だが音楽配信は、その範囲内ではない。音楽業界は、既得権益を捨てられなかったのである。さらに、音楽業界はCDの巨大な生産設備を保有し、物流のネットワークも整備している。CDの小売業者との取引も考えなければならない。音楽配信では、これら全てが基本的に不要だ。音楽業界は、様々な“しがらみ”から逃れる事が出来なかった。大成功を納めたCDというシステムに、見切りをつける事が出来なかった。大成功を納めたCDが、足かせになってしまったのだ。もし大成功ではなく“中成功”であったら、見切りをつけたかもしれない。


3.  “やるべき事”は分かっている。
     問題は実行に移せない事である。

 今後、音楽業界は、どうするべきなのか。音楽業界の多くの人間が、イノベーションの必要な事を既に分かっているはずだ。なぜイノベーションが必要なのか、どのようにしてイノベーションが発生するのか教示してもらっても、余り意味がないだろう。問題は、やるべき事はとっくに分かっているのに、実行に移せない事である。CDの様な音楽パッケージの大量販売を中心にしたビジネスモデルに、見切りをつけなければならない。新しいビジネスモデルを構築しなければならないのだ。インターネット上に流れる音楽データは、止めようがない。音楽の複製とネット上での配布は、原則自由・原則無料にしてしまう方が良いのではないか。CDは、10枚組など限定盤の豪華なデザイン仕様でコレクターズアイテムのみとする。有料のライヴや、音楽ストリーミング時の広告収入を中心にして収益を得て、アーティストに利益配分する様な、根本的な大転換が必要だ。
 しかし、なかなか大きな改革を実現出来ないだろう。組織が大きくなればなるほど、全体の意思統一と連携が難しくなる。一人一人は分かっていても、集団になったとたん実行出来なくなる。既得権益も、なかなか手放せない。


 音楽業界は、内側からではなく外側から大変革が進むのかもしれない。スティーブ・ジョブズが音楽業界を変え始めたのも、外側からの力だった。今や、「Pandra」や「Spotify」の様な無料の音楽ストリーミングサービスが出現している。Pandraは「ミュージック・ゲノム・プロジェクト」の技術を利用して、ユーザーにプレイリストを提供する。この技術は、音調、リズム、楽器、音楽スタイルに関連する約450の基準から楽曲を分析し、分類化出来る。既に100万近くの楽曲をデータベース化し、無料で配信している。このサービスの収益源は、広告。Pandraの創業者は、音楽家であり作曲家だ。音楽に携わっているが、レコード会社のビジネスマンではない。

 次回は、PandraやSpotifyといった「音楽クラウド」とiPadの新しい関係について考察してみたい。

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